資金調達を終え、急成長を目指す製造業やディープテック領域のスタートアップにおいて、一人目人事の方が直面する最大の壁は「現場の高度な技術要求」ではないでしょうか。現場のエンジニアから飛び出す専門用語に戸惑い、どのように採用活動を進めればよいか悩む一人目人事の方は少なくありません。
本記事の結論から申し上げます。採用成功の鍵は、現場の言葉をそのまま鵜呑みにするのではなく、技術的背景を理解して「翻訳」することにあります。
私たち半導体Jobエージェント編集部は、16年の現場経験を持つ元エンジニアの視点から、専門知識ゼロの人事担当者様でも実践できる採用ターゲット設定の手順を解説します。本記事を読むことで、現場の高度な技術要求に圧倒されることなく、必須条件と歓迎条件を切り分け、現場と合意形成しながら現実的な採用ターゲットを設定できるようになります。
[著者情報]
半導体Jobエージェント 編集部
製造業スタートアップの採用支援に特化した専門家チーム。16年のキャリアを持つ元・半導体プロセスエンジニアが記事の監修・執筆を主導しています。技術の現場を熟知しているからこそ可能な「技術要件の深い読み解き」を武器に、他エージェントでは難しい高精度のマッチング手法を発信。現場と人事のミスマッチを解消するための実践的な知見を提供します。
なぜ製造業スタートアップの採用は「スーパーマン探し」に陥るのか?
採用ターゲット設定が失敗する根本原因は、現場が求める「高度な技術要件」と、人事が作成する「募集要件」の間に深いズレがあるためです。
私たち半導体Jobエージェント編集部には、一人目人事の方から次のようなご相談が頻繁に寄せられます。
「現場から『FPGA設計も組み込みソフトウェアも一人で完結できる即戦力が欲しい』と言われたのですが、専門用語ばかりでどう探せばいいかわかりません」
技術用語に馴染みのない一人目人事の方が、現場のエンジニアの要望に戸惑うのは当然のことです。しかし、現場の要求をそのまま求人票に載せてしまうと、実在しない「スーパーマン」を探すことになりかねません。資金調達を受けて急成長を目指すディープテック領域のスタートアップにおいて、完璧なスキルセットを持つ人材は市場に極めて少なく、採用競合も激しいためです。
結果として、誰も応募してこないか、あるいは現場の過度な期待値と合わない人材を採用してしまい、早期離職を招く悲劇が生まれます。実際に、株式会社リンクアンドモチベーションの調査によれば、過半数(61.6%)の企業で想定以上に採用ミスマッチが発生しているというデータも報告されています。人事担当者による適切な現場とのすり合わせと要件定義が、入社後のミスマッチ(早期離職など)を防ぐという原因と結果の構造を、まずはしっかりと認識する必要があります。
16年のエンジニア経験から導く「技術要件の翻訳」とMUST/WANTの仕分け術
現場の「スーパーマン要求」を抑え、現実的な採用活動を行うためには、現場の要求する技術要件を「絶対に必要なスキル(MUST条件)」と「あれば尚可のスキル(WANT条件)」に分類することが不可欠です。
しかし、専門知識のない人事担当者様が、高度な技術要件を独断で分類することは不可能です。そこで重要になるのが、現場とのすり合わせを通じて、高度な技術要件を現実的なレベルに翻訳するというプロセスです。
例えば、現場から「プロセス設計経験が5年以上ある人」という要求が出たとします。ここで「なぜ今のフェーズでプロセス設計の経験が必要なのか?」と背景を深掘りしてヒアリングを行います。すると、「実は新しい材料の評価を急いでおり、材料の特性を理解している人が欲しい」という本当のニーズが見えてくることがあります。
現場の本当のニーズが分かれば、「プロセス設計の経験」は必須ではなく、「材料化学の基礎知識」があれば入社後にプロセス設計の手法はキャッチアップ可能である(WANT条件にできる)、といった具合に仕分ける思考法が可能になります。

✍️ 編集部の経験からの一言アドバイス
【結論】: 現場のエンジニアにヒアリングする際は、「その技術を使って、入社後半年で何を達成してほしいか?」という具体的なミッションから逆算して質問してください。
なぜなら、私たちが見てきた多くの事例では、現場は「将来的に必要になりそうなスキル」まで無意識に要求に盛り込んでしまう傾向があるからです。具体的な期間とミッションを区切ることで、本当に今必要なスキル(MUST)と、後からでも間に合うスキル(WANT)の境界線が明確になります。この知見が、貴社の採用成功の助けになれば幸いです。
【実践ステップ】現場と合意形成し、採用ターゲットを求人票に落とし込む4つの手順
採用ターゲットを明確にし、実際の採用活動をスタートさせるためには、以下の4つの手順を順を追って進める必要があります。
ステップ1:事業課題の整理
まずは、経営層とすり合わせを行い、会社が現在抱えている事業課題と、その課題を解決するために「どの部署に、どのような役割の人材が必要か」を定義します。
ステップ2:現場へのヒアリング(技術的背景の確認)
次に、配属予定の現場責任者へヒアリングを行います。前述の通り、現場から出てきた技術要件の背景を深掘りし、MUST条件とWANT条件に厳格に仕分けます。ここで現場としっかり合意形成を行うことが、面接時の評価基準のブレをなくすことに繋がります。
ステップ3:採用ペルソナの作成
採用ターゲットをより具体的で解像度の高い人物像に落とし込んだものが採用ペルソナです。ターゲットが「30代・機械設計エンジニア」という広い枠組みであるのに対し、ペルソナは「現在の職場で量産設計のスピード感に物足りなさを感じており、スタートアップで裁量を持って開発の初期段階から携わりたいと考えている32歳の機械設計エンジニア」といった具体的なストーリーを持ちます。ペルソナを作成することで、求職者に刺さるスカウト文面や求人票のメッセージが明確になります。
ステップ4:求人票への落とし込み
最後に、分類したMUST/WANT条件を求人票の募集要件として正確に記載します。典型的な失敗である「要件の盛りすぎ」を防ぐため、求人票の必須条件は極力シンプルに保つことが重要です。
📊 比較表:悪い求人票と良い求人票のBefore/After比較(ハードウェアエンジニアの例)
| 項目 | 悪い求人票(スーパーマン要求の羅列) | 良い求人票(MUST/WANTが明確に整理された状態) |
| 必須条件(MUST) | ・機械設計の実務経験5年以上 ・電気回路設計の経験 ・制御工学の深い知識 ・プロジェクトマネジメント経験 | ・3D CADを用いた機械設計の実務経験(3年以上) ・スタートアップのスピード感に適応できる柔軟性 |
| 歓迎条件(WANT) | (記載なし、すべて必須に盛り込まれている) | ・電気回路設計の基礎知識 ・量産化に向けた生産技術部門との折衝経験 |
| 求める人物像 | コミュニケーション能力が高く、自発的に動ける方 | 自身の専門領域にとらわれず、製品全体の最適化に向けて他部門と積極的に議論できる方 |
| 問題点/改善点 | 複数の専門領域を一人に求めており、応募ハードルが極めて高い。 | 必須条件を現実的なラインに絞り、入社後キャッチアップ可能な要素を歓迎条件に移行している。 |
採用ターゲット設定に関するよくある質問(FAQ)
一人目人事の方からよくいただく、採用ターゲット設定に関する疑問にお答えします。
Q. 採用ターゲットと採用ペルソナの違いは何ですか?
A. 採用ターゲットは「自社が求める人材の条件(年齢層、経験職種、保有スキルなど)」を大まかに定義したものです。一方、採用ペルソナは、そのターゲット条件を満たす「たった一人の架空の人物像」を詳細に描き出したものです。ターゲット設定で要件を絞り込み、ペルソナ作成でその人物の価値観や転職理由を深掘りする、という順番で進めます。
Q. 現場のエンジニアが忙しくて、ヒアリングの時間を取ってくれません。どうすればいいですか?
A. 「採用のためのヒアリング」と伝えると後回しにされがちです。そのため、「現在の開発プロジェクトで一番ボトルネックになっている業務は何か?」といった、現場の業務改善に直結する切り口で短いミーティング(15分程度)をセッティングすることをおすすめします。現場の痛みを理解する姿勢を示すことで、エンジニアも協力的な姿勢に変わります。
まとめ
製造業やディープテック領域のスタートアップにおいて、採用ターゲットを正しく設定するためには、現場の技術要件を正しく翻訳し、MUST条件とWANT条件を整理することが不可欠です。
専門用語が飛び交う現場とのすり合わせは、一人目人事の方にとって非常にエネルギーのいる業務です。しかし、翻訳プロセスから逃げずに現場と向き合うことこそが、入社後のミスマッチを防ぎ、貴社の事業成長を加速させる最強の採用戦略となります。自信を持って、現場との対話に臨んでください。
もし、自社だけで「技術的な翻訳」を行うことに不安があるなら、製造業スタートアップの採用支援に強みを持つ半導体Jobエージェントにご相談ください。
製造業スタートアップ特有の採用課題を解決
[参考文献リスト]
- 2023年版ものづくり白書 - 経済産業省.
- 経営課題としてのミスマッチに関する調査レポート - 株式会社リンクアンドモチベーション.
- 人事の抱える課題と対策についての調査 - パーソルキャリア株式会社.