資金調達を経て、いよいよ事業を加速させるフェーズに入った製造業スタートアップにとって、エンジニアの採用は生命線です。しかし、多大なコストと時間をかけて採用した「1人目のエンジニア」が、わずか数ヶ月で「現場と合わない」と去ってしまう——。このような早期離職は、スタートアップにとって単なる採用費の損失以上の、致命的なダメージとなります。
当編集部では、多くの製造業スタートアップの採用現場を見てきましたが、ミスマッチの根本原因は「技術の翻訳不足」に集約されます。本記事では、16年の現場経験を持つ元・半導体プロセスエンジニアの視点から、現場エンジニアが納得し、採用担当者様が自信を持って推薦できる「高精度なマッチング手法」を具体的に解説します。
[著者情報]
半導体Jobエージェント 編集部
製造業スタートアップの採用支援に特化した専門家チーム。16年のキャリアを持つ元・半導体プロセスエンジニアが記事の監修・執筆を主導しています。技術の現場を熟知しているからこそ可能な「技術要件の深い読み解き」を武器に、他エージェントでは難しい高精度のマッチング手法を発信。現場と人事のミスマッチを解消するための実践的な知見を提供します。
なぜ製造業スタートアップで「現場が納得しない採用」が繰り返されるのか?
製造業スタートアップの採用現場では、採用担当者様と現場のエンジニアマネージャーの間で、目に見えない「言語の壁」が存在しています。採用担当者様が「優秀な人材を連れてきた」と思っても、現場からは「技術レベルが足りない」「求めていたスキルと違う」と一蹴されてしまう。現場と人事で評価が食い違うという採用ミスマッチの悲劇は、求人票に記載された抽象的な言葉から始まっています。
例えば、求人票に「電気回路設計の経験5年以上」とだけ記載されているケースを考えてみましょう。採用担当者様は、大手メーカーで5年間、家電製品の回路設計に従事してきた候補者を「要件合致」と判断します。しかし、現場が本当に求めていたのは「高周波回路におけるノイズ抑制の知見」や「FPGA(Field Programmable Gate Array:製造後に構成を書き換え可能な集積回路)を用いた高速信号処理の実装経験」だったとしたらどうでしょうか。
このように、技術用語の裏にある「具体的な課題解決能力」が言語化されていないため、面接の場で初めて「ズレ」が発覚するのです。現場エンジニアは「人事は技術をわかっていない」と不信感を募らせ、採用担当者様は「現場の要求が高すぎる」と疲弊する。現場と人事が互いに不信感を募らせる悪循環こそが、ミスマッチの温床です。
✍️ 編集部の経験からの一言アドバイス
【結論】: 現場エンジニアとの「評価のズレ」を解消するには、人事が技術用語を丸暗記するのではなく、その技術が「自社のどの課題を解決するために必要なのか」を現場に問い直すことが重要です。
なぜなら、私たちが見てきた多くの失敗事例では、現場も「自分たちが何を求めているか」を言語化できていないことが多いからです。人事が「翻訳者」として介入し、技術要件を具体化することで、初めて現場と人事が同じ土俵で選考を行えるようになります。現場も自社のニーズを言語化できていないという知見が、あなたの成功の助けになれば幸いです。
ミスマッチ解消の鍵は「技術の翻訳」にあり:16年の現場経験から導き出した解決策
採用ミスマッチを根本から防ぐには、従来の「スキル軸」の採用から、自社の技術的課題をベースとした「課題解決軸」の採用へと転換する必要があります。技術的課題をベースとした採用への転換こそが、当編集部が提唱する「技術の翻訳」です。
「技術の翻訳」とは、現場が発する「制御工学に詳しい人」という抽象的なリクエストを、「自社製品のモーター制御における応答速度を0.1ms短縮できるアルゴリズム設計能力」という具体的なミッションに変換する作業を指します。技術要件を翻訳する作業を行うことで、採用担当者様は候補者の過去の経験が自社のフェーズに再現可能かどうかを、高い精度で見極められるようになります。
特に、生成AIの普及により、エンジニア候補者が提出する職務経歴書や面接での回答は、かつてないほど「対策」されています。表面的なスキルセットの確認だけでは、真の技術力や適性を見抜くことは不可能です。生成AI対策によって真の技術力を見抜くことが困難だからこそ、技術の背景を理解した上での「深掘り」が不可欠なのです。

明日から実践できる「高精度マッチング」3つのステップ
製造業スタートアップの採用担当者様が、明日から選考フローに組み込める具体的な3つのステップを紹介します。
1. RJP(現実的職務予告)の実装
ミスマッチの多くは、入社後の「リアリティ・ショック(入社前の期待と実態の乖離)」から生じます。パーソル総合研究所の調査によれば、入社者の76.6%が何らかのギャップを感じています。
RJP(Realistic Job Preview)の実施は、入社前の期待値と実態を擦り合わせることで、リアリティ・ショックの発生を直接的に抑制する効果があります。自社の「良い面」だけでなく「泥臭い面」もあえて公開しましょう。例えば、材料化学のスタートアップであれば、試作ラインの設備がまだ不十分であることや、実験データの整理に膨大な手作業が発生している現状を、面接の段階で正直に伝えます。
2. 構造化面接による「技術的課題解決」の深掘り
「組み込みソフトウェアの開発経験はありますか?」という質問は、今日から捨ててください。代わりに、過去に直面した最も困難なバグや技術的課題について、以下のステップで深掘りする構造化面接を導入します。
- 「その課題に対し、どのような仮説を立てましたか?」
- 「使用したデバッグツールや、解析の手法は何ですか?」
- 「最終的に、どのような技術的判断で解決に導きましたか?」
候補者の課題解決における思考プロセスを聞くことで、生成AIでは生成できない「本人の思考の軌跡」が明らかになります。
3. 最終面接前の「技術ディスカッション」
面接という形式張った場ではなく、現場のエンジニア数名と候補者が、自社の実際の設計図やソースコード(開示可能な範囲)を前にディスカッションする場を設けます。これにより、現場は「この人と一緒に開発したいか」を、候補者は「自分の技術がこの会社でどう活かせるか」を、実感を伴って判断できます。
📊 比較表:従来の面接とミスマッチを防ぐ構造化面接の質問例比較
| 評価項目 | 従来の質問(ミスマッチが起きやすい) | 構造化面接の質問(見極め精度が高い) |
| 技術スキル | 「FPGAの設計経験はありますか?」 | 「FPGA設計において、タイミング制約を満たすために最も苦労した点はどこですか?」 |
| 課題解決力 | 「トラブルに強い方ですか?」 | 「生産ラインで予期せぬ装置停止が起きた際、原因特定のために最初に行ったアクションは何ですか?」 |
| 適応性 | 「スタートアップの環境に馴染めますか?」 | 「前職で、限られた予算や納期の中で技術的な妥協を迫られた際、どのように優先順位をつけましたか?」 |
製造業スタートアップの採用担当者が抱く「よくある疑問」
採用担当者様から当編集部によく寄せられる質問に、専門家の視点でお答えします。
Q. 文系出身の人事ですが、技術要件をどこまで理解すべきでしょうか?
A. エンジニアと同じレベルで設計ができる必要はありません。大切なのは、技術の「中身」ではなく、技術の「つながり」を理解することです。例えば、「ASIC(Application Specific Integrated Circuit:特定用途向け集積回路)設計ができる人」を探す際、それが「前工程(論理設計)」なのか「後工程(物理設計)」なのか、自社の製品開発のどのフェーズに必要なのかを現場に確認する姿勢が、信頼構築の第一歩です。
Q. 現場のエンジニアが忙しく、採用基準の策定に協力してくれません。
A. 現場エンジニアにとって、採用は「自分の開発時間を奪うもの」に見えがちです。しかし、ミスマッチによる早期離職が起きれば、その教育コストや再採用の工数で、さらに現場の首が絞まることをデータで示しましょう。リクルート就職みらい研究所の調査では、中途採用1人あたりのコストは約103.3万円ですが、離職による損失はその数倍に及びます。早期離職が招く経済的・工数的損失というリスクを現場と共有することが、現場エンジニアとの協力体制を築く鍵となります。
まとめ
製造業スタートアップにおける採用ミスマッチは、単なる「人選のミス」ではなく、技術と人事の間の「翻訳不足」という構造的な問題です。16年のエンジニア経験から断言できるのは、技術の言葉を正しく読み解き、現場と人事が共通の評価軸を持つことこそが、定着率を最大化する唯一の道であるということです。
本記事で紹介したRJPや構造化面接、そして「課題解決軸」での要件定義を、ぜひ貴社の採用フローに取り入れてみてください。
もし、自社だけで「技術的な翻訳」を行うことに不安があるなら、製造業スタートアップの採用支援に強みを持つ半導体Jobエージェントにご相談ください。
製造業スタートアップ特有の採用課題を解決
[参考文献リスト]
- 令和6年雇用動向調査結果の概況 - 厚生労働省
- 就職活動と入社後の実態に関する定量調査 - パーソル総合研究所
- 就職白書2020 - リクルート 就職みらい研究所